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おとなの森は甘くない〜森のキライなところ教えてください

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お婆さんとムカデ

【はじめに】筆者が勤務する後志総合振興局森林室は、昭和35年竣工のロッジ風の木造建築である。私より3つ“年下”で、全道の森林室では一番古く使い勝手は良くないが、木の建物は実に暖かみがあって、ぎいぎいと軋む廊下も何だか懐かしく小学生に戻ったような郷愁を覚える。
当然、階下の車庫や倉庫は、洞窟かはたまた地下牢かといった状態で虫は多い。無害とはいえ、ゲジゲジが壁にへばりついているのはさすがに気味が悪い。蛇は嫌ではないし、また“六つ足”にもさほど抵抗はないが、どうも多足類は苦手である。

トビズムカデ

【ムカデの恐怖】大学卒業後、故郷の札幌を離れて船舶の検査機関に就職、バブル真っ盛りの花の東京暮らしを満喫していた頃のことである。名古屋に就職した友人が独身寮で就寝中に大ムカデに胸を噛まれ、焼酎を吹きかけながら激痛と恐怖の中でひたすら夜明けを待ったという事実を別の友人から聞いた。まだ見ぬ凶暴な多足類、大ムカデに対する恐怖が一挙に募った。職業柄、主に西日本に集中する造船所への出張も多かったが、初夏のある日、広島県は尾道の造船所での仕事を終えて支部の友人宅(公宅)に宿泊した。楽しい夜も更けて、ほろ酔い気分で寝室に入ろうとした私を友人夫婦の会話が恐怖のどん底に突き落とす。「そろそろムカデが出る時期だね。」「そう、本当に気持ち悪いわよね。」おいおい、早く言ってくれ!!
今からホテルに泊まるともいえず、泣きたくなるような思いで寝室に入ると、早々に布団を部屋のど真ん中に移動、部屋の明かりを付けたまま、うとうとしてははっと起き上がっては隅々をきょろきょろと、こんな状態を大の大人が繰り返しながら一晩を過ごした。熟睡などできるはずもない。

【いざ屋久島へ】憎しみがいつか愛に変わることは男女の間ではよくあること、「恐怖超越して恋に昇華、ついに屋久島までムカデ採取か。」と思われましたかな。そんなばかな。実は、身近な山行きを通じて懇意になった職場のY先輩に、宮之浦岳(屋久島にある九州地方の最高峰)の登山に誘われたのである。高校時代から、有名な「縄文杉」に強く憧れていたので、この誘いはまさに千載一遇のチャンスだった。昭和61年5月のGWのことだが、南の島とはいえ、恐ろしいムカデの本格的活動期はもう少し先のはずだと勝手に考えた。

初めて訪れた屋久島での4泊5日は驚きと感動の連続、名物の雨にも見舞われることなく初めて訪れた亜熱帯の島を満喫した。山中3泊、出会った登山者は僅か2〜3名、縄文杉に抱きつき、ウィルソン株の中に潜り込む・・・世界遺産となった今では到底許されないだろう。

翁杉
(推定樹齢2000年)


ウィルソン株の中

【お婆さんと出会う】たくさんのスギの巨木と出会い、九州の最高峰にも登って最後に海辺に下ったのは薄日さす昼下がり、まとわりつくハエを払いながら野営の準備もそこそこに、すぐそばの海中温泉に飛び込んだ。よそ者は我々二人だけ、ああ至福のひととき! 胸を露わにした“いにしえのビーナス達”の誤解を招かぬよう慎重に写真を撮っていたら、近くのお一人が話しかけてきた。会話の詳細は記憶にないが、ただ、大ムカデを話題にしたこと、着替えた後におやつのドロップと東京の住所を紙切れに書いて渡したことは覚えている。

後方左がお婆さん

東京に戻り一月、独身寮の私宛に茶封筒が届いた。厚みと妙な弾力性のある封筒を手に取ってそれが屋久島からだと知った刹那、中身を理解した!
腫れ物に触るがごとく、“ぶつ”に直接触れぬよう恐る恐る開封しながら、期待と後悔の入り交じった軽い興奮が襲うのだ。しっかりとテープ付けされ潰れないよう上手に厚紙に挟まれた大きなムカデは長さにして10cmほど、ついに大ムカデと念願の対面を果たした瞬間だった。
「これはかなり小ぶりですが・・・」という文面から、もっと大きな奴を見せてやりたかったというお婆さんの無念さ!? が感じられる。いやいや十分でかいですよ。「種ちゃん、ムカデ好きと?こんなん、ようけおるわ」四国出身の友人はムカデには全く興味を示さず、興奮する私の姿がおかしいと笑うのだった。

【おわりに】あれから30年、偶然に出会ったよそ者、(多分)自分にはさほど興味の無い大ムカデについて熱く喋る旅人のために、わざわざムカデを捕まえて送ってくれたあの茶目っ気に溢れたお婆さんは今も元気だろうか。お婆さんの顔や声は明確ではないが、この写真を見ていると、にこやかな笑顔と豊かな胸が屋久島のすばらしい自然とともに蘇ってくる。もちろん大きなムカデも。

後志総合振興局 森林室 種市 利彦