次へ

お年寄りの膝に抱かれて〜ねえ、教えてよ。手しごとの事

子供たちに伝えたいこと〜言葉なんていらない

日本人は木が好き? 前へ
 

 

 

子供たちに伝えたいこと〜言葉なんていらない

最近になって、木育教室のような活動に講師として参加する機会を与えて頂く事が何度かあった。そういう時に心がけなければならないと思ったのが、自分が何を伝えたいかを明確にする事と、その方法である。特に子供達には気を使う。なぜなら子供にとって先生(講師)の言う事は絶対だからだ。カラスが白いと言えば何の疑問も持たずにそのまま覚え込む。はっきり言葉に出して言わなくても、こちらがどう答えてほしいかを探り出して正解を見つけようとする。

 

例えばこうだ。木に五感で触れて欲しいと思うあまり、先走って「どう、すべすべしてるでしょ。」なんて言ってしまったら、触るか触らないかのうちに「うん、すべすべしてる。」と言う答えがかえってくる。そうすると子供の手に木の感触は残らず、「木はすべすべ」という正解だけがインプットされてしまう。それがまるで感覚の蓋のようになって子供の、発見をシャットアウトしてしまうのだ。 
ある子供が、木を削りながら、思わず、「へんな匂い!」と、叫んだ。周りの大人の空気が一気に冷えた。それは「へんな匂い」が正解ではないからだ。「良い匂い」が正しい。しかし、彼は目をキラキラと光らせ、とても興奮していた。「そうなんだ。へんな匂いなんだ。」私はしめしめ、と思いながら、別の木を持たせた。「これはどう?これもへんな匂い?」その子は子犬みたいに匂いをくんくん嗅いで、「あっ、ちがう匂いだ!さっきのとちがう。」一転、科学者の顔だ。

 

けれど私は知っている。「へんな」は、子供にとってほめ言葉でもある。よそゆきの正解としての、ほめ言葉ではなく、興味深いといったニュアンスを持つ、最上級のほめ言葉だ。言葉なんていらない・・・それは少し言い過ぎだった。言葉によるコミュニケーションがなければ、どうやって伝えたいことを伝えられるだろう。子供が木育体験を通して受け取った気づきは、まるで流れの速い川を下る小魚のように、あっという間にはねて、逃げ去ってしまう。それを見守る者は、すかさずすくい上げてその子に戻してやらなければならない。「さわってごらん、どんなかんじ?」「うん、すべすべ。」「そうなんだ。すべすべって感じたのね。」それで無事にその小魚はすくい上げられて、その子の頭の中で、自由に泳ぎ回ることになる。

 

たくさんの発見を泳ぎ回らせて欲しいから、私は予想される効果、という罠を仕掛ける。しかし、予想は予想だ。いつだって裏切りはつきものである。だから、いつも素敵な予想外が起きる余地を残しておかなければならない。

なぜって、大人の五感なんて、子供達に比べたら、月とすっぽん桁違いの感度なんだから。かえって私の方が彼等に、「何が見えてるの?どんな素敵に出会ったの?」と、興味しんしん、聞いてみたくて、たまらないのである。

 

木育マイスター 齋藤 香里