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「森づくりから始まる木育」パート1

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「森づくりから始まる木育」パート1

木を使う、という意識はだんだん広まりつつあると思うが、その木はどこから来ているか、どう育ってきたのかまではおよんでいない。木を伐ることに否定的な意識がいまだある中で、木を使っていくためには「森づくり」をしっかり伝える必要がある。木育の原点の「森づくり」が上手く伝わっているのかを見直し、そのための方法を考えてみた。

 

□意外な森づくりの伝えかた

森づくりを音楽に例えてみる。これをオーケストラの楽器で表現する人もいるが、私が考える森づくりは曲を作るイメージに近い。
例えば、単一樹種の人工林を造成するイメージは、同じメロディーをたくさんの人数で唄うような曲で、ハーモニーなどは全くなく、同じ音階を皆で唄うこと。この曲のイントロは楽器演奏で、歌い手が歌いやすいように盛り上げる。これは森づくりでは地拵えの段階。それが終わったら、全員での大合唱。同じ音符で皆が歌いだす。森づくりでいう植樹の開始だ。曲としてはハーモニーがあったほうが美しいが、この曲は一つだけの樹種の成長を望んでいるため、ハーモニーを生む草木は不要で、続いて下刈りや除伐が行なわれる。次に大合唱はだんだん歌い手の人数を減らしながら曲を盛り上げていく。森づくりでいうところの間伐だ。そして最後は、再び大合唱へと導かれ、すべての木を伐採して、木材が使われるという曲として仕上がる。この譜面の末尾にはリピート記号が書かれていて、また始めから繰り返す。一例ではあるが、このように森づくりを音楽に例えるのも面白いのでないだろうか。

 

□森づくりに対する現状から考える

「木を植えて、素晴らしい森にしましょう!」植樹祭では、こんなフレーズで参加者に木を植えさせているが、はたしてその時に、どんなことを伝えているのか。植えた木はどうなるのか?伐られることなく育てて森になるのか?多くの参加者はどんな森になるか、最終形を聞かせられないまま木を植え、それで森づくりに貢献したような形になっている植樹祭が少なくない。参加者に「譜面」を渡さないまま演奏が始まる。もし渡していたとしても曲の始まりを示すだけで、あとの五線紙は白紙だったりするようなもの。「今、皆さんが演奏している部分はここです。次はこの音符を奏でないと曲は完成しません。」と言うように、これからの植樹祭では最後まで書かれた楽譜を用意して森づくりに参加してもらうのが良いと思う。そうすれば、木を伐ることが不可欠であり、その恵みを我々が利用している意識が生まれてくるのではないだろうか。

 

□多種多様な森づくり

私の目指す森づくりは、フルオーケストラで構成された重厚な音楽が日本中を席巻するようなもの。様々な音階が時には速く、時にはゆったりとした流れで奏でられる。しかし、その中で不協和音が生じたり、途中で弦が切れたりするようなハプニングもある。これらの最大の理由は、まだ曲の全体像が完成していないこと。五線紙には白紙の部分が多い。それでも演奏者はめげずに、周りの音を聞き模索しながら続けていく。大勢での演奏はそれだけ難しいのである。しかし多種多様であることが、より人々を音楽に共感させる。クラシックもあれば、ラテン、演歌、ロック、フォーク、そしてアバンギャルドなジャズにも。ひとつのジャンルだけでは、多くの共感は得られない。この考え方は、森づくりにも当てはまる。

 


森づくりに参加している人は演奏者であり、かつ作曲家である。もしも曲の途中で演奏を放棄しては、せっかくの楽曲も台無しで観客席からはブーイングの声が上がる。そうならないためにも、きちんとした楽譜を用意して、演奏者に気持ちよく演奏してもらうことが必要である。言わば、指揮者の存在が重要になってくる。ただし、全ての曲に指揮者がいるわけでない。自分で理解して演奏する場合もある。このように音楽に例えれば、今までの森づくりに欠けていたものが見えてくる部分も多い。楽器の特徴、すなわち樹木や生物の特徴を理解しながら森づくりをすべきで、低い音しか出せない楽器に、高い音を出せというのは相当なテクニックが必要だ。森づくりにも同じことが言えるのではないだろうか。

 


先人が書いた楽譜をなぞるも良し、ちょっとアレンジしてみるも良し、新たな曲を書くも良し。いい曲を作るにはいい曲を数多く聴くこと。いい森づくりをするには、いい森を多く見て、いい担い手やそれを支える社会を育てることだろう。                    

ようてい木育倶楽部
 齊藤文美