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「木育への想い」3

「普段着の木育」は生活の一部となるような身近な存在であることを前回までにふれたが、今回はその実践を少しだけ紹介したい。 
季節は戻って春。春の早い時期、山はまだ雪に覆われていても雪解けを待ちわびて気持ちが弾んでくる。雪解けは眠っていたものを呼び起こし、モノクロームの世界から色彩の世界へ移り、森も活気づいてくる。

 

■森の水を得る

今の生活では蛇口から水が出るのは当たり前のことだが、昔は井戸から水を汲み上げたりポンプを使ったり手間をかけて水を得ていた。今は水が簡単に得られるので、自然からの恵みという「ありがたみ」を忘れてしまっている。森をとおして、このことを考えてみる。 
森林は水を貯める水源涵養機能を有していると言われるが、木が水を溜めているわけではない。木自身ではなく、その土壌が水を貯えている。樹木が成長するためには水を吸い上げなければならない。その水をちょっとだけ拝借してみようと、シラカバの樹液を採取してみた。市販されている「樹液」を買うことでは、森の水のありがたみを学ぶことはできないのだ。

 

春先の木々が水を一番欲する時期に合わせて、木の水を採取してみる。いったい一本の木からどのくらいの時間で、どれだけ採れるのか?味は?蛇口をひねって出る量とどれだけ違うのか?学ぶことは多い。樹液を採る作業はとても簡単。まずは一礼して、木に穴を開ける。すると穴から透明な液がこぼれ出すので、パイプを入れて容器に溜めてゆく。たったそれだけの作業。待つこと1時間。どれだけの量か見ていると、木によって違うが約200mlの水が溜まっている。コップ1杯の水を得るのに約1時間。ほんのりと甘い樹液の味が待つ時間を忘れさせてくれる。森の湧水だったらすぐにコップ1杯の水は得られる。でもその水も、土の中を浸透し長い時間をかけて生み出されるもの。森の水は、湧水にしかり、樹液にしかり、時間をかけて生成される。日常生活で簡単に得ている水も大地がゆっくり時間をかけた産物なのだ。 

 

自分もふくめ普段はそんなことを気にしないで水を使っているが、ひとつひとつ学んでみると考えさせられることが多い。 構えることのなく素直に森と接することで多くを学ぶ、それが「普段着の木育」の原点なのだろう。  まだまだ、普段着で接する森の恵みはある。
次回は、また違うメニューで書いてみたい。

北海道水産林務部道有林課
 齊藤文美