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「木育への想い」2

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「木育への想い」2

木を扱って、木と暮らす。今の社会では面倒くさい話。それは、与えられたものの中で生きているということが大半を占めるようになっているから。社会の仕組み、便利さがもたらす影響は大きいのだろう。今さら不便さを実感しろと言っても、ここまで築き上げた社会だからこれは難しい話。でも、その不便さや自分で作らなければ生活できないものを少しでも残しておかないと、全てを人に委ねてしまうのでは繋がりが軽薄になってしまう。人にしてもらうだけでなく、自分でやれる部分を作っておく、その大きな「のりしろ」が自分の財産になってくる。そののりしろを子どもの時から作っておくことが大事である。

私の森からの風景

■自分が出来る「普段着の木育」

「普段着の木育」は言わば放任主義から生まれてくると私は考えている。
イベントに参加していると、ものを作る親子の姿を見かけるが、これが人間ウォッチングの醍醐味。やたらちょっかいを出す親、子どもがマイペースでやる姿をみている親、子どもを預けてゆく親。
ものを作る時は他人がちょっかいを出さず自分のペースで、他の人の視線なんか気にしないで作り上げるのがいい。決して競争ではない、自分で作り上げることが目的なのだから。自分で出来る「普段着の木育」は人に教えることではなく、その機会をいっぱい作ることかもしれない。
でも、人が作るものに対して評価はしなければならない。その評価が次へと繋がる。当然褒めることが一番であることは間違いないが、ちょっとしたミステイクを修正できるようなアドバイスを。とにかく、関わりを持ってもらえる人をどんどん増やす。それは森づくりとも連動する。森は木育の原点となる場所であるから。

森での作業

植えるだけでは育たない木を、いかに育て上げるか。育てた木、更新した木をいかに使うか。 私は森というフィールドを所有しており、いろいろな人に森づくりに関わってほしいと思っている。材がいかに高く売れるかも森の価値かもしれないが、いかに森と関わってゆくか「人の価値」を上げることも大切なことだと思っている。「普段着の木育」は、「人の価値」を向上しながら、生活の一部として認識させることが目標と思う。
自分で出来るもの。それは所有の森林をフィールドとして五感でしっかりと森の空気を感じてもらい、さらに森で作業をして、屋内では木を使った工作でものを完成させること。
あまり決めないでゆる〜い気持ちで。よそ行きでない「普段着」ですから、今年の活動はシラカバ樹液採取から始まります。結果は次回へ。

北海道水産林務部道有林課
 齊藤文美