赤ちゃんからの木育

もっと鉄道に乗りましょう!

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もっと鉄道に乗りましょう!

今、お盆の最中にこのエッセイを書いています。この時期、帰省や旅行で鉄道を利用する旅人も多くなりますね。最近では鉄道が見直され、「鉄女」なるギャル達も増えてきたようですが、私は、小学生も高学年になったらどしどし一人で鉄道に乗せて、適度な緊張感や寂しさを体験させることが大切だと思っています。車の移動は、親にすれば安心でしょうが、お菓子をボリボリ食べながらビデオを見てゲームをして、飽きてくれば「まだぁ?」とほざく、感性や自主性のかけらもないガキどもを増やすばかりです。
最近、車両事故が続きましたが、それでも日本の鉄道ほど安全、正確、かつ多種多様で豊富な車両や路線を誇る国はありません。特にのんびりとした鈍行列車の旅は、その移動自体が目的地での「旅」以上に有意義な時間をもたらしてくれると思うのですが。

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私は昭和の末に上京して船舶関係の技術団体に勤務しました。北海道とは異なる本州の風景が面白くて、休日となれば鉄道を利用して今週は山梨、来週は千葉だといったぐあいに各地の名所旧跡を訪れていました。夕暮れに染まる秩父や高尾の山並を車窓から眺めては深い郷愁に浸っていたのも懐かしく思い出されます。
さてそんなある日のこと、高知市の造船所への出張命令が出ました。
初めての四国!早速、鉄道時刻表と首引きで計画を立てるのですが、高知県には全国屈指の杉の巨木《杉の大杉》があることを思い出しました。インターネットの無い時代、本屋で場所を調べると何と「高知」へ向かう土讃本線の途中駅です。駅名はずばり「大杉」、大きな楽しみが一つ増えました。

深夜、東京を寝台急行「銀河」で発ち、快速列車と宇高連絡船を乗り継いで高松に到着、そこで一泊した翌日いよいよ四国を北から南へ真っ二つに「大杉」を経て「高知」を目指します。
ディーゼルエンジンのうなり、レールとフランジが擦れる金属音を吉野川水系の河川が刻む深い谷間に響かせながら、蛇行した川に沿って鈍行列車はのんびりと進みます。 初めて目にする四国の風景に感激しながら飽きることなく列車に揺られて、ようやく「大杉」駅に到着しました。10月初めの雨上がりの昼下がりです。《杉の大杉》目当ての利用者も多いのでしょう、典型的な四国山中の駅とはいえ小ぎれいな駅だったように記憶しています。
駅から《杉の大杉》までは1キロ程でしょうか、次の列車時刻にそれほど余裕が無いので早歩きで大杉を目指します。りっぱな国道から離れた後は、たしか神社の参道らしき道を進んだようですが・・・

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《杉の大杉》は途方もない迫力で眼前に現れました。二本の巨木が仲良く天に向かって屹立しています。洞の灰色の補強板がとてつもない大きさです。幸い樹勢は旺盛で、国の天然記念物、樹齢3千年以上という案内板の説明には全く異議・疑問を挟む余地はありません。東京を発って40時間、鉄路と船を利用してはるばる会いにきたので、感慨はひとしおでした。
翌年、屋久島を縦走して「縄文杉」にも出会い、また遠出の毎に各地の巨木も訪れてきましたが、《杉の大杉》の存在感は今もって圧倒的な記憶として心に刻まれています。  

本年4月、震災地応援で岩手県大船渡市へ1週間派遣されてきました。
ちょうど桜が満開で、市の花である椿、真っ青な海とのコントラストは本当に見事な ものでした。津波さえ無ければ何と美しく豊かな地域でしょう。
凄惨な港地区(中心地)の状況は言うに及びませんが、長年憧れていた三陸鉄道の線路が折れ曲り、あるいは宙に浮いたりしている情景は悲しいものでした。
派遣期間が終わって帰道する朝、すっかり親しくなった市の職員は力強く語ってくれ ました。「数年後にまたぜひいらしてください。必ずりっぱな街にしますから。」
壊滅した三陸鉄道が全線復旧するのかどうかはまだ定かではありませんが、いつの日かこの鉄道に乗って、三陸の海の風や磯の香りを感じながら、生まれ変わった大船渡の町を再訪したいと思います。

ちょうど一年前のエッセイで、音(学)を無理やり木育にくっつけてしまいましたが、 今回は・・・「鉄道のこころは木育のこころだぁ〜」。

 空知総合振興局 林務課   種市 利彦