使い続けるもの
私の家では、毎日のように使い続けてきた木の道具があります。
それは、調理用の「木のヘラ」です。鍋やフライパンを使う時、なにげなく台所の引き出しから出すのが木のヘラと竹の菜箸なのです。引き出しの中には、いつも5〜6本のヘラが入っているのですが、なぜか一番多く手にとってしまうものが2本あります。
これは私が新婚の頃に初めて自分で大と小のフライパンを買った際、百貨店の家庭用品売り場に勤めていた知人がオマケとして付けてくれたものです。松材を切りぬいて先を少し薄く削っただけの素朴なもので、フランスのどこの家庭でも使っている普及品だろうとのことでした。今から30年近くも前のことです。
特に変わった形でもない平らな無塗装のものですが、使い続けるうちに手放せないものとなりました。毎日の料理によって、油やしょう油、カレーやケチャップなどを使うたびにいろいろなシミが付いたりするのですが、使っては洗いを何十回も繰り返してゆくと不思議に汚れが目立たなくなり、角がとれていきます。鍋の底に触れる先の部分は少しづつそり返るので数年おきに削って使ってきたので、2本の長さが違っています。
日本のご飯へら(しゃもじ)もそうですが、「使い続けるもの」には形や素材に共通する部分があるように思います。最近のご飯へらは米粒がこびりつかないプラスチック製のものが流行りですが、少し前までは木や竹製のヘラを一度水にくぐらせてからご飯を盛るのが日常のしぐさでした。素材は変わっても形は昔ながらのままなのは、それが用途に最も適した無駄のない形だからなのでしょう。デザインの仕事をしていていつも思うのは、道具は使ってみなければ本当の良さはわからないと言うことです。
じつは12年前、「ベスト調理ベラ」に取り組んだことがあります。
フランスのヘラを原型にして材質と形に修正を加え、自分なりに満足のできる2本のヘラができました。この自家製ヘラは家族にも評判が良く、我が家の利用率上位を独占していましたが、二人の子ども達が自炊生活をはじめる時に「これ欲しい!」と1本ずつ貰われて行ってしまいました。
木工デザイナーとしては、嬉しくもあり、ちょっと残念でもありました。
今回その時の資料が出てきたので、もう一度作ってみようかと思っています。
今度は高齢者やハンディキャップを持つ人にも使いやすい配慮をして・・・。
KEM工房 煙山泰子(木工デザイナー)
http://www.h3.dion.ne.jp/~kem/
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